GLAYの歌詞を読む

「冬の遊歩道」の歌詞を読む

どうもGLAYファン・GLAY速報の*あっきぃ*(@_r_y_g_y_r_)です。

今日の「GLAYの歌詞を読む」は
「冬の遊歩道」です。

楽曲背景

GLAYの中で鉄板の 冬×別れ の歌。
そこに40代に突入した大人の歌詞というのが今までと違います。
そして、TAKUROはずっと支えてくれた恋人に対する謝罪の念や自分の力が及ばずに彼女を支えきれなかった後悔を歌にすることがよくありますね。
この曲もそういった歌で、恋において、夢や目標に一途でどこか子供のようにワガママでいる男と、それを見守りながら無償の愛を与える女性。
それでも運命は二人を分かつ姿を映した曲ではないかと。

それでは早速歌詞を読み解きましょう。

「春が恋しい時は耳をすましてごらん
冬の声が微かに“またね”と告げている」

この曲で言う春や冬というのは、単純な季節の意味と「恋心」や「孤独」の意味を含んでいると思います。
恋しい時は耳をすまして、身近なところに目を向けてみると、それまでの孤独な時期も「またね」と過ぎて行く。

少し前のあのサヨナラに心は今も縛られている
夢は夢のまま日々は過ぎ去って足元から伝わり出すの雪のリグレット

でも、まだ未練があって次に踏み出せない。
しかしそんな日々を思い出してもそれは夢想なだけで、二人で歩いていた雪道も、今では冷たさも相まって、後悔の念を増幅させる。

本当の気持ち ずっと言えないまま
二人歩く冬の長い遊歩道
トキメキの裏で胸締め付ける切なさは
初めて知る大人びた恋 独り眠れない夜を過ごし

失ってみてからの方が貴方の顔の翳(かげ)りに気づくなんて

別れを選ばなければいけないという突きつけられた現実に、それを拒む気持ちを押し殺しながら最後に二人で歩いた冬の遊歩道。
10代のようなトキメキだけの恋ではなく、お互いの人生や様々なことを含んだ上での恋を現実に感じ、失ってしまった今だからこそ、あなたが日々訴えていた思いや、迎えた「別れ」の本当の意味にそのとき気付けなかったことに対して生まれる後悔。

「冬はいつもの様にただそこに在るだけ
慰めなんてしないただそこに在るだけ」

しかしそんな別れの季節は、ただ巡る季節の1つでしかない。

どうか許してこの想いを死なせて

あなたの気持ちなんて知らずにいた自分を、許してほしい。

震えてる心 今も動けなくて
早く夜よあふれる涙を凍らせて
行きずりの恋とどこが違うのか判るまで
雪の華を眺めながら貴方の声をあの温もりを
忘れたくて忘れさせて 街は蒼く誰も無口で
たかが恋…されど恋… 惨めに呟く愚か者ゆえ
失ってみてからの方が貴方の愛の深さに気づくなんて

自分のワガママばかりだったことを思い返すたびに、
謝罪の気持ちや悔しさに心は震え、涙が流れる。
まだまだ子供だった自分がもっと成長できるまで、
降りしきる雪を眺め、寒さに口を噤む人たちを横目に思うのは

こんなワガママな自分に対して、無償の愛を注いでくれていたあなたの存在に
別れた今、気付かされた ということ。

「春はいつもの様に微笑んでいるだけ」

—そして巡る季節は、また春を迎えるだけ。

バラードを読むのって、けっこう勇気がいるんです。
世界観を崩したらダメだし、繊細なんですよね。
この曲も例外ではないです。

*あっきぃ*

平成元年生まれ。
1997年 小学3年の時にHOWEVERで衝撃のGLAYERデビュー。
それからHISASHIに憧れギターを初める。もちろん使用機材はTalbo。
ライブ参戦よりもコレクター気質。

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