どうもGLAYファンの*あっきぃ*(@_r_y_o_y_r_)です。
需要がないかもしれませんが、*あっきぃ*とは誰や、という声にお応えして、管理人の僕についてまとめていきます。
今回はGLAYとの出会いと人生2/3について
好きなところから読む
*あっきぃ*は神奈川県で生まれ育つ。
僕は神奈川県で生まれ育ち、20歳までは地元にずっといました。
20歳で就職し、一時期は東京に住んでました。
今は、徳島に移住してますが、何が不便って、GLAYが来ない。
GLAYが、来ない。
関東に住んでた時は、アクセスもしやすかったので全国いろいろと飛んで行ってました。
社会人になって、ちょっと小金を持ち出した2013年「JUSTICE & GUILTY TOUR」はそれこそ、北から南まで、遊びに行ってたのになぁ。
徳島からだと、行けないところが多いです。
地方のファンの苦しみがとても分かる。早く会いに来て。
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GLAYとの出会いはHOWEVER
GLAYとの出会いはHOWEVER。
昔からB’zファンだった姉が、なぜだかある日「HOWEVERがいい」と勧めてきた。
それが小学校2年生の時です。
そんな時にちょうど「REVIEW〜BEST OF GLAY」が発売。
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今でも鮮烈に覚えているのが、地元のCDショップの試聴機で聞いた一曲目「グロリアス」のイントロ!
背筋に電撃が走った。本当に。
それまで、仮面ライダーの歌、ウルトラマンの歌。ポケモン。そんなのばっかり真面目に聞いてきたので、あの新鮮さとポップさと何もかも全てが「最強やこれ」という印象。
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二曲目「彼女の”Modern…”」とか、もはや歌詞が大人すぎてよく分かってなかったと思うけど、DEAD END奏さんのイントロのドラム「ドコスコパーン!」を聞いた瞬間に心がドコスコパーン!ってなったのを覚えてます。
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出会いはHOWEVERと言いながらも、当時小学2年生の僕にとっては「HOWEVER」の楽曲的良さがよく分からずにいた。
HOWEVERというワードをきっかけにREVIEWを聞いたこと、それがGLAYERとしての歴史の始まりでした。
姉にはとても感謝しています。
中古屋を駆け巡る小学生時代、収集癖の始まり
それからは、近所にある中古屋をいくつも駆け巡り「過去のCD」を見つけては購入する。
おそらく1998年くらいであれば、それまでのアルバム在庫もあったはずなのでCDショップで購入できたと思いますが、そこまで頭が回らなかったし、お金もなかったです。
ブックオフで中古CDを見つけては買う。を繰り返してました。
僕の住んでいた町にはブックオフが2件、ハードオフが1件あったので、毎週ローラー作戦。
アルバムは「灰とダイヤモンド」「SPEED POP」「BEAT out!」「BELOVED」、
シングルは「RAIN」「真夏の扉」「生きてく強さ」「グロリアス」「BELOVED」「口唇」
こんな感じで収集癖があります。
同時期にHISASHIに憧れてギターを始めます。
ギターに目覚めたが、家にはクラシックギターしかなかった
親がバリバリのフォーク世代なので家にはクラシックギターがありました。
コードもわからないままクラシックギターをジャカジャカ鳴らすこともありましたが、HISASHIのフライングVが欲しかった僕は父親に頼んだのです。
「フライングVが欲しい」
すると父親が合板をフライングVの形にカットしてくれてテグスの弦を張ってくれました。
もちろん、音もならないし、ギターもペラペラ。しかも、塗装も何もしていないので形だけです。
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これが欲しかったのに・・・
でも形だけでも嬉しかったのでポージングをしたりしていましたが、或る日突然、父親がエレキギター入門セットを買ってきました。
これは!!!
と思い、練習をするも難しすぎて弾けないのですぐに諦めて、兄が好きだった「ゆず」を弾き語り。
初ライブはやるのも観るのも中学生
初のライブ参戦は「HIGH COMMUNICATIONS TOUR 2003」の横浜アリーナ。
その後は受験年にも関わらず親に無理を言って大阪遠征「GLAY EXPO 2004」に参戦しました。
ライブ参戦回数はそこまで多くないです。ツアーも1本行ければ満足。
行けなくても高額チケットを買ってまで行こうとは思いません(GLAYの利益じゃないし)
で、中学生の文化祭。
初めて自分でバンドを結成しGLAYの曲をやりました。
セットリスト
- 誘惑
- 彼女の”Modern…”
- HOWEVER
- SOUL LOVE
- サバイバル
- ビリビリクラッシュメン
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LAYLAで泣いて、オリジナルバンドを始めた高校生時代
「ROCK’N’ROLL SWINDLE at NIPPONBUDOKAN Re-Birth」
ホワイトバンドやGLAY x EXILEなどの活動はあったものの単発がなかったGLAY。
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のちに知った独立騒動。
いろんなことを乗り越えて、武道館でLAYLAを聴いた時、本当に泣きました。
アリーナ席の後ろの方だったけど、GLAYが近かったのを今でも覚えています。
GLAYに憧れてオリジナルバンドを始めたのもこの時。
まさかギターとバンドが自分の趣味で一番長く続くものになるとは思いませんでした。
社会人になって、遠征遠征
社会人になってからは、JUSTICE & GUILTY TOUR、GLORIOUS MILLION DOLLAR NIGHT、GLAY EXPO 2014などなど、遠征が増えました。
GLAYと共にいろんな町に訪れることができるのは本当に嬉しい。
大人になったので、オークション
お気付きの方もいるかもしれませんが、小学生時代に集められなかった「彼女の”Modern…”」「Freeze My Love」「ずっと2人で…」「Yes, Summerdays」「a Boy〜ずっと忘れない」はずっと心残りのまま時が過ぎていったのですが、オークションを使える歳になりました。
1枚500円で、全部購入。無事、当時の作品を全て揃えることができました。
他にも、中古ショップで「とまどい/SPECIAL THANKS」のバージョン違い、「誘惑」「SOUL LOVE」のケース違いも複数買ってしまうほど収集癖が爆発。
どうにかして欲しい・・・。
誘惑とSOUL LOVEのケース違い
とまどい/SPECIAL THANKSのバージョン違い
それでもライブグッズなどは減りました。
これからもよろしくお願いします!
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平成元年生まれ。
1997年 小学3年の時にHOWEVERで衝撃のGLAYERデビュー。
それからHISASHIに憧れギターを初める。もちろん使用機材はTalbo。
ライブ参戦よりもコレクター気質。
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